結構好きだったのにな… 神戸9クルーズ

2008年に発足、2009年よりリーグに加盟、そして2010年限りで脱退となった『神戸9クルーズ』。

運営会社である「神戸ベースボール倶楽部」のオーナーは、地元でミネラルウォーターの製造販売業を営む広田和代。日本のプロ野球チームでは初の女性オーナー。

また初年度は、男性と共にプレーする日本初の女性プロ野球選手となった「ナックル姫」こと「吉田えり」が所属していた。吉田は全国的なマスコミからも注目を集め、前期シーズンを中心に吉田がブルペン入りをすると予告された試合の多くで入場者が1000人を越えた。この結果、初年度の入場者数はリーグでトップ(1試合平均798人)となった。

しかし、選手が地域イベントに参加することで集客の向上を目指した経営陣と、NPBにも進める本格的な野球選手の育成を優先しようとした中田良弘監督の意見が対立し、7月に中田監督は解任され、村上眞一コーチが代行となった。シーズン終了後、元阪神の池内豊が監督に就任。同時に、池内が営業部長を務める株式会社ホークスドリーム(最高顧問は元プロ野球選手の門田博光)と業務提携を結び、選手のセカンドキャリアをサポートすることも明らかにされた。

2010年6月17日、経営難のため選手の給料を6月分より全額カットすることが発表された。6月25日、初となる前期優勝を達成。9月25日、紀州レンジャーズとのチャンピオンシップに連勝して、初の年間優勝。

2010年10月28日のドラフト会議で、福泉敬大が読売ジャイアンツから育成選手枠3位で指名を受けた。

新球団への移行

2010年10月、リーグ内各球団のNPO法人化の方針に基づき、三田市に拠点を置く新球団を設立し、神戸は活動を休止する見込みであると報じられた。選手はこの新球団に移籍するため、事実上神戸を引き継ぐ形となる。新たなチームの名前は「兵庫ブルーサンダーズ」となる。

一方、リーグ参加権については、横浜市に本社を置き住宅リフォームを手がけるフォレストホーム社に譲渡され、2011年シーズンより「神戸サンズ」として活動を開始する。

シーズン成績

年度 監督 順位 試合 勝利 敗戦 引分 勝率 ゲーム差
2009 中田良弘 2 36 16 14 6 .533 1.0
村上眞一 3 36 14 19 3 .424 7.5
2010 池内豊 1 35 20 15 0 .571
3 30 13 16 1 .448 5.0

エピソード

58年ぶりの女子プロ野球選手

初年度のドラフト会議にて、吉田えりが7位で指名され、1951年に女子プロ野球(日本女子野球連盟)が消滅して以来、58年ぶりに女子プロ野球選手が誕生した。吉田の入団はマスコミではおおむね肯定的に報じられたが、球界関係者の中には中村勝広(当時オリックス・バファローズ球団本部長)が吉田の公式戦初登板時に「万が一のことを考えると怖いし、バッターもやりにくい。話題をつくる狙いは分からないではないが、いかがなものか」と評するなど批判的な反応も見られた。

9月には、吉田と元女子プロ野球選手である高坂峰子(元大阪ダイヤモンド所属、捕手兼内野手)がエキシビション対戦し、安打を放っている。吉田は2009年のシーズン終了後に退団した。

独立リーグ初の試合ボイコット

2009年7月29日、球団との方針の違いにより中田良弘監督が解任され、村上眞一コーチが監督代行に就任した。7月31日の試合では、中田監督の解任に不満を抱く4選手が試合をボイコットしたため、野手が8人となり、村上監督代行が急遽選手登録し、指名打者で先発出場する事態となった。

たった10人で試合

2009年9月22日の大阪ゴールドビリケーンズ戦は、選手がわずか10人で試合をする異常事態となった。これは選手10人が横浜ベイスターズの入団テストを受けに行ったためである。試合は、村上眞一監督代行が指名打者に、衣川幸夫コーチが捕手に、投手の小園司がファースト、さらに吉田えりが先発し、好投するも、試合は0-8で敗れている。